FRIENDSHIP BRIDGE<友情橋> ARRIVED 05FEB1996


これは実話 鳥取の僕(米村)と三重のTさんとの友情破綻の物語 

1996年2月5日のメコン川に架かる”友情橋”を渡るバスでの出来事

リコー不祥事隠蔽事件のため友情破綻




1995年10月僕はケニアで知り合ったバックパッカーの三重県安濃町のTさんに
「鳥取市のリコーの僕関連スキャンダル隠蔽事件を調べれないか?」と手紙を送り旅に出た。

船で上海に着き、香港、ネパール、インド、タイと進み
1996年2月5日ラオスに行くため、タイ国境ノンカイで
メコン川に架かるFRIENDSHIP BRIDGE ”友情橋” を渡るバスに乗った。
前から乗り込み、前の方が満席だったので後ろの方に行き座った。
すると通路を隔てた隣の人が日本語で「僕のことおぼえていますか?」と言った。
三重のTさんだった。 
僕はビックリして唐突に「手紙着きましたか!」と言った。
Tさんは天を仰いで「どーでしたかなー?」と言った。
鳥取のリコーのスキャンダルを三重のTさんが調べ知らない振りをした感じだった。
Tさんと5分ぐらい談笑していた。Tさんの表情が変わって来た。
あらぬ方向を見て放心状態になった。気が動転しているのかソワソワしている。
すぐにバスはラオス国境のFRIENDSHIP BRIDGE IMMIGRATIONに着いた。
バスから降り外国人専用窓口での入国審査時、僕の問いかけにもTさんは答えなかった。
入国手続きを終え放心状態で立ち尽くしているTさんを残し
僕は一人ビエンチャンに急いだ。

Tさんは、僕関連のリコースキャンダル隠蔽事件を知らぬ振りをし友情を裏切った。

三重のTさんのパスポートには僕と同じ"FRIENDSHIP BRIDGE 
IMMIGRATION ARRIVED 05 FEB 1996"というスタンプが押されただろう。



”友情橋”でTさんと奇跡的再会をした後ラオスを旅しタイに戻った。
アユタヤの木造の日本人宿のシングルに泊まっていた。
隣のドミトリー(大部屋)からこんな話が聞こえてきた。
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ハハハ 凄い人だなー  ハハハ  凄い人だなー  歴史に残るぞ  
ハハハ 凄い人だなー ハハハ
本人にはわからないはずなのにみんな知っているらしいよ。
そりゃあわかるもんだよ。
カネの使い道がないから働かなくていいて言ってたらしいよ。
凄い人だなー この話、絶対『地球の歩き方』に載る。絶対載る。
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三重のTさんには鳥取市のリコーとのトラブルを手紙にして送ったが、
リコーでアルバイトをしていた時の問題発言といえば、
日本人宿の隣の部屋から聞こえたように「カネの使い道がない」
と言って総務の社員をビックリさせたぐらいだ。
”友情橋”で友情を裏切れば、当時バックパッカー向けに編集されていた
ガイドブック『地球の歩き方』に載りそうだ。

この隣の部屋から聞こえて来た話は僕の噂に間違いないだろう。
なぜその時隣の部屋に行って「誰の噂しているだ?」と聞かなかったか非常に後悔している。



帰国後、三重のTさんさんに「リコーの不祥事の事情を知っていたら教えてくれないか?」
と手紙を書いたが返事はなかった。
3通目の手紙にやっと返事が返ってきた。
「私は何も知らない」。友情橋での不自然な態度は認め、
「米村さんからの手紙が届いていたことは知っていたが
読んでいなかったことの非礼であのような不自然な態度になったのかもしれません。
私の場合は手紙が来ても1年間位読まないことがよくあります」。
最後に「以降の通信無用」と書いてあった。
つまり絶交状。友情橋での再会をきっかけに三重のTさんとの友情が破綻してしまった。

1998年三重のTさんの自宅から15キロの距離の僕達と同じ海外旅好きの辻出紀子さんに
リコー不祥事調査依頼の手紙を送った直後、全国的に有名な辻出紀子行方不明事件が発生!

辻出紀子失踪未解決事件 事件発生19年後リコーによる殺害説が急浮上!
 リコーが不祥事の口封じのため殺害(ジョーク)






2001年、2ちゃんねる危ない海外板に立った三重の元自衛官Tさんと思われるスレ
3番目のローマ字の書き込みは、僕が中国滞在中書いた。
2ちゃんねるのスレ(2001年)


三重のTさんに送った鳥取リコー隠蔽事件



最近世界一周ブログを読んでいたら「メキシコシティのホテルにチェックインしたら、
最初に目が会った人がネパールのホテルで見かけた日本人だった」
と事情を知らない人には驚くべきこと書いてあった。
このメキシコシティのホテルとは、
日本人バックパッカーが集まる日本人宿ペンションアミーゴのはず。
世界一周中、日本人宿を泊まり歩いていれば不思議ではない。

しかし三重のTさんとバスで隣合わせたのは不思議。